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感覚器官を制御すること、食事の節制、勤め励むこと

七 この世のものを浄らかだと思いなして暮し、(眼などの)感官を抑制せず、食事の節度を知らず、怠けて勤めない者は、悪魔にうちひしがれる。――弱い樹木が風に倒されるように。

八 この世のものを不浄であると思いなして暮し、(眼などの)感官をよく抑制し、食事の節度を知り、信念あり、勤めはげむ者は、悪魔にうちひしがれない。――岩山が風にゆるがないように。

(中村元訳『ブッダの真理のことば・感興のことば』岩波文庫)


ここでも対句の表現がされています。
ここでは、自分の感覚器官を制御すること、食事の節制、勤め励むことの大切さを説かれています。

最初の「この世のもの」というのは、主に身体のことです。仏教では不浄観というものがあり、人間の身体は不浄なものだとする考え方があります。
七の句では人間の身体を浄らかだと思うことを否定し、八の句では身体を不浄と思って暮すことを勧めます。

一見すると違和感に思われるかもしれませんが、煩悩にまみれたこの世の人間の身体は仏教ではあくまでも「不浄」のものなのです。
この世が不浄であるということは、この世が無常であるということも意味しているように思います。

基本的に仏教ではこの世は「苦」なのです。

苦しみに満ちたこの世を生きていくために大切なことをブッダは感覚の制御、食事の節制、勤め励むことだと言われたのでしょう。

難しいかもしれませんが、ぜひ実践したいものです。
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人はいつか必ず死ぬ

「われらは、ここにあって死ぬはずのものである」と覚悟をしよう。
――このことわりを他の人々は知っていない。しかし、このことわりを知る人々があれば、争いはしずまる。

(中村元訳『ブッダの真理のことば・感興のいことば』岩波文庫)


人間はいつか必ず死ぬものです。それが今日か明日かそれとも一年後か十年後でしょうか。
時期はそれほど重要なことではありません。
「必ず死ぬ」ということが重要なのです。だからこそブッダはそのことを「覚悟せよ」と言ったのではないでしょうか。

何かに迷ったり悩んだりしている人は、もう一度人はいつか必ず死ぬという真理を思い出してみてください。
そうすれば、自分が今何をすべきなのか分かるかもしれません。

そしてもう一つ。あなたにもし嫌いな人や憎んでいる人がいた場合、彼らもいつか必ず死んでいく存在なのだと思ってください。

嫌いな人を無理に好きになる必要は、私はないと思います。ただ、憎しみなどの感情は、あなたにとってストレスなどになります。
彼らもいつか死んでいくあわれな存在であると認識できたとき、少しは憎しみを薄れることができるかもしれません。

この限りある人生をあなたが幸せに生きられることを祈ります。

蘭華寺2月瞑想会のご案内

蘭華寺では毎月瞑想会(原則第3土曜日午後1時より)を行っています。

今月は2月15日(土)午後1時から開催します。

どなたでもご参加いただけます。
*参加費 1,000円


詳細は下記までお問い合わせください。

〒287-0823
千葉県香取市笄島3318-5
蘭華寺
担当 ヤタワラ・パンニャラーマ
TEL&FAX 0478-56-1394
mail  yatawara@lily.ocn.ne.jp

2月「花と瞑想の会」ご案内

千葉県成田市にある千葉県花植木センターにおいて「花と瞑想の会」(毎月第4土曜日午後1時より)を行っています。

今月は2月22日(土)午後1時から開催します。

どなたでもご参加いただけます。
*参加費 1,000円


千葉県花植木センター


詳細は下記までお問い合わせください。

〒287-0823
千葉県香取市笄島3318-5
蘭華寺
担当 ヤタワラ・パンニャラーマ
TEL&FAX 0478-56-1394
mail  yatawara@lily.ocn.ne.jp

怨みはすててこそ息む

「かれは、われを罵った。かれは、われを害した。かれは、われにうち勝った。かれは、われから強奪した。」という思いをいだく人には、怨みはついに息むことがない。

「かれは、われを罵った。かれは、われを害した。かれは、われにうち勝った。かれは、われから強奪した。」という思いをいだかない人には、ついに怨みが息む。

実にこの世においては、怨みに報いるに怨みを以てしたならば、ついに怨みの息むことがない。怨みをすててこそ息む。これは永遠の真理である。

ダンマパダ
(『ブッダの真理のことば・感興のことば』岩波文庫)




怨みは人間が持つもっとも害悪な心と言えるでしょう。
怨みの心は他人や自分を傷つけるものです。
生きているといろいろな心の変化が起こりますが、怨みをどう処理すればよいのかということについて、ブッダは「すて
よ」と説かれます。
怨みは「すててこそ息む」のです。
これが永遠の真理だと説くのです。


この一文を見るときに、どうしても触れておきたい事柄があります。

スリランカの元大統領ジュニウス・リチャード・ジャヤワルダナ氏(1906年9月17日 - 1996年11月1日)が、蔵相時代に
サンフランシスコ講和会議にセイロン代表として出席されました。 その際の会議演説でジャヤワルダナ氏は、「日本の
掲げた理想に独立を望むアジアの人々が共感を覚えたことを忘れないで欲しい」、と述べ、また、「憎悪は憎悪によって
止むことはなく、慈愛によって止む
」というブッダの言葉を引用して、セイロン(現スリランカ)は日本に対する賠償請
求を放棄する旨の演説を行って各国の賛同を得、日本が国際社会に復帰できる道筋を作りました。(ウィキペディア参照)

ジャヤワルダナ氏は、対日賠償請求放棄を行うにあたってブッダの言葉を引用したところに大きな意義があると思います。

このことは、日本の皆さんにも知っておいていただきたい事柄です。

そして、ダンマパダの言葉を心に刻んでいただきたいと思います。

ダンマパダ(法句経)

ものごとは心にもとづき、心を主とし、心によってつくり出される。もしも汚れた心で話したり行ったりするならば、苦
しみはその人につき従う。―車をひく牛の足跡に車輪がついて行くように。

ものごとは心にもとづき、心を主とし、心によってつくりだされる。もしも清らかな心で話したり行ったりするならば、
福楽はその人につき従う。―影がそのからだから離れないように。

(中村元訳『ブッダの真理のことば・感興のいことば』岩波文庫)

ダンマパダは日本では「法句経」として知られています。仏教原初の経典の一つで、ブッダの肉声に近いとされています。その冒頭の一文です。ここでは、対句の形で説かれています。

心が主ということは仏教の根本です。何をするにも心のはたらきが源です。

悪い心で行えば、悪い結果を招きます。
車をひく牛の足跡に車輪がついて行くように。

良い心で行えば、良い結果を招きます。
影がそのからだから離れないように

最も重要なことをブッダは冒頭で説かれたのです。

仏教は道徳です

仏教というと、高度な思想を持つ宗教だと思われている方は多いのではないでしょうか。

確かに、世界三大宗教などと言われ、仏教もその中に含まれているのでそう思われるのも仕方ないことです。

しかし、私達の上座部仏教の経典を見る限り、そこに書いてあるのは「思想」というより「生き方」です。

前回の五戒の記事でもお話したように、基本的な人間の生き方についてブッダは説かれているのです。

ブッダは我々に何を説かれたのでしょうか。

次回からは、ブッダの肉声に近く仏教最古の経典とされる「スッタニパータ」や「ダンマパダ」の内容を取り上げて解説してみたいと思います。
プロフィール

ヤタワラ・パンニャラーマ

Author:ヤタワラ・パンニャラーマ
日本の皆さん、こんにちは。
ヤタワラ・パンニャラーマです。

私はスリランカのキャンディという町で生まれ、1986年に来日しました。現在は千葉県香取市にあるスリランカ寺院「蘭華寺」の僧侶として活動しています。

どうぞ、よろしくお願いいたします。

ウェブサイト
「気づきの瞑想~マインドフルネス~」
http://y-pannarama.com/

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