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物事を正しく理解し、選ぶこと

私達の人生で、理解することと、選ぶことはとても重要な意味をもっています。
なぜなら、理解しないで選ぶとき、人生に様々な問題が起こっておくるからです。

仏教には「ヨーニソマーナシッカラ」という教えがあります。
今この瞬間の心の状態に「念」を入れるという意味です。

また、仏教最古の経典「スッタニパータ」に以下のような教えがあります。

「身体で行うこと、心で考えること、言葉で言うことをよく確認しながら行うことが大切である」




大切な選びとは
「自分が後悔しないように選ぶ」
「他人に後悔させないように選ぶ」
「自分も他人も後悔しないように選ぶ」
ということです。

そのための選び方として、まず物事を二つに分けます。
行うべきことと、行うべきではないことに分けるのです。

良くないことからは無条件に離れます。
残るのは、必要なものだけです。
その中から、自分に一番必要なものを選びます。
身体、心、言葉で一番必要なものを選びます。


大切な選びということに関して、一つの話があります。
「デーワ・ダンマ・ジャータカ」です。(ジャータカとは古代インドの仏教説話の一つで、ブッダの前世物語です。)


ある国の王様に、マヒンサッカ、チャンドラクマラ、スリヤという三人の子ども、王子がいました。
この中で、三番目の王子スリヤは、王の二番目の女王との子でした。

その女王は、自分の子であるスリヤを、王の後継者にしたいと考えていました。
しかし、王はそれに反対していました。

それからいろいろな問題がありました。
王は、上の二人の子に危険がありかもしれないと考えました。

そして、二人の子に、違う場所で生活し、自分が亡くなった後、ここに戻ってきて王になるように言いました。

二人の王子は言われたように城を出ていくのですが、上の兄たちが出ていくのを見た三番目の子も、一緒について行ってしまいました。

三人は途中で、木の下で休みました。

水が飲みたいので、近くの池から水を汲んでくるようにと、三番目の子に行かせました。

しかし、その池にいた悪魔に連れ去られてしまいました。

戻ってくるのが遅いため、次に二番目の子が見に行きました。
すると、二番目の子も悪魔に連れ去られてしまいました。

二人とも戻ってこないので、何かあったと思い、一番上の王子も池に行きました。

そこで二人の弟が池に入った足跡を見て、ここに悪魔がいることを悟った兄は、池に入りませんでした。


そこに一人の老人が来て言いました。
「なぜあなたは、池に入らないのですか? 池に入って身体を洗い、水を飲んでさっぱりしたらどうですか?」

兄は、この老人が悪魔であることを見抜き、二人の弟のことを尋ねました。

悪魔は、二人の弟は、道徳を知らないために隠してあると言いました。

もしあなたが道徳を知っていれば、一人を解放すると言いました。

兄の王子は言いました。


「罪をおそれ、罪を恥じる」


それを聞いた悪魔は「一人を解放します。どの子にしますか」と言いました。

兄は「一番下の子を返しなさい」と言いました。


悪魔は驚きました。

「なぜあなたは、血のつながった実の弟ではなく、そうではない下の子を選ぶんですか?」

兄は、「城に戻って、一番下の子が悪魔に奪われたと言っても、誰も信じないでしょう。私と二番目の弟と殺したに違いないと思われるでしょう。なぜなら、今の母は一番下の子を王にしたいと願っているからです。」
と言いました。


兄の素晴らしい智恵に感心した悪魔は二人の弟を返しました。

この話から分かることは、正しく理解すること、正しい選びが大切であるということなのです。
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スリランカから来日して26年

このたび、茨城県の「神栖市国際交流協会」が発行された外国出身者の日本語文集『かけはし』第13号に私の文章が掲載されましたので、ブログに転載したいと思います。


――――以下本文――――

私は、スリランカの僧侶で、パンニャラーマといいます。26年間、皆様の温かい御協力のおかげで故郷から遠く離れた日
本で生活することができています。現在、香取市にある、スリランカのお寺で、仏陀の教えてくださる「心」を楽しく落ち着かせる方法を皆さんと分かち合いながら、楽しく過ごしています。

蘭華寺は30年前に日本で初めてできた上座仏教のお寺です。毎日,朝、昼、晩の三回勤行に勤めています。また、瞑想会をしたり、スリランカと日本の文化交流をしたり、在日スリランカ人の拠り所となっています。

スリランカ(旧セイロン)と日本とは深い関係があります。1948年にサンフランシスコ平和条約があったとき、スリラン
カでは日本から損害賠償金を請求するという意見が出ました。その時、スリランカの元大統領は「憎しみは憎しみではな
く、愛によって解消するものです」という演説をし、日本からの賠償金を受け取ることは止めましょうと、仏陀の教えを
もって、他の国々のリーダーを説得しました。このような歴史の中で、日本もスリランカも同じ仏教国ですから、両国の
関係は、経済、文化を通じて強い絆を作り上げています。

日本に来て、目にしたある出来事を、私は長年理解することができませんでした。それは挨拶です。人と会ったとき、ま
た、別れるとき、お辞儀をするのがとても印象的でした。挨拶は、人生の中でも、とても重要だと仏陀が証明したことが
あります。それは仏陀が悟りを開くため、場所を提供してくれた菩提樹に、7週間、感謝の儀式を行ったことです。挨拶
を大切にすることはとてもすばらしいことです。日本人は、世界中で一番たくさんの挨拶の言葉を持っています。このよ
うに、挨拶をすることによって、人間関係がより良くなるのは当然です。日本の挨拶の言葉、また、挨拶の仕方を見てい
ると、仏教の影響があったと強く感じます。

ここで、日本にはないスリランカの、人の呼び方、また、挨拶の仕方を紹介します。弟、妹を、姉や兄は、日本では名前
を呼びます。例えば、兄は弟を「弟」と呼ばずに「太郎」と、名前で呼びます。妹も「妹」と呼ばずに「花子」と名前で
呼びます。しかし、スリランカでは「マッリー(妹の意)」、「ナンギー(弟の意)」と呼び、名前を呼びません。また
、挨拶の仕方で子どもが学校へ行くときは、親の足下にひざまずきます。

これからもスリランカと日本の架け橋になるような活動をしていきますのでよろしくおねがいします。


スリランカ
スリランカはインド洋に浮かぶ小さな島国です。日本の総面積の7分の1ぐらいで、北海道ぐらいの大きさです。周りを海
に囲まれています。首都はジャワラダナプラコッタです。年間平均気温は30度ぐらいで暑いですが、湿度が低いので快適
です。四季はありません。けれども、山岳地域にあるヌワラエリヤという場所では、12月から3月まで気温が下がり寒く
なります。

スリランカは多民族国家で人口は約2000万人です。シンハラ人、タミル人、イスラム人が共存しています。7割という多
くの割合の国民が仏教徒です。しかし、他にも多数の宗教が存在します。スリランカの主な産業は、紅茶、ココナッツ、
宝石、天然ゴムなどです。農業が主な産業です。主食は日本と同じ、お米です。国民のほとんどが農業従事者で、数多く
の果物を栽培しています。その中の代表的なものに、バナナ、パパイヤ、マンゴー、パイナップル、ドリアン、マンゴス
チンなどがあります。また、自然の豊かな国でもあります。「シンハラージャ」という世界遺産に登録されている自然保
護地区もあります。

私は、故郷スリランカが大好きです。それと同時に、私にとって第二のふるさと日本も大好きです。

3月花と瞑想の会

千葉県成田市にある千葉県花植木センターにおいて「花と瞑想の会」(毎月第4土曜日午後1時より)を行っています。

今月は3月22日(土)午後1時から開催します。

どなたでもご参加いただけます。
*参加費 1,000円


千葉県花植木センター


詳細は下記までお問い合わせください。

〒287-0823
千葉県香取市笄島3318-5
蘭華寺
担当 ヤタワラ・パンニャラーマ
TEL&FAX 0478-56-1394
mail  yatawara@lily.ocn.ne.jp

蘭華寺3月瞑想会のご案内

蘭華寺では毎月瞑想会(原則第3土曜日午後1時より)を行っています。

今月は3月15日(土)午後1時から開催します。

どなたでもご参加いただけます。
*参加費 1,000円


詳細は下記までお問い合わせください。

〒287-0823
千葉県香取市笄島3318-5
蘭華寺
担当 ヤタワラ・パンニャラーマ
TEL&FAX 0478-56-1394
mail  yatawara@lily.ocn.ne.jp

正しいものの見方

十一 まことではないものを、まことであると見なし、まことであるものを、まことではないと見なす人々は、あやまった思いにとらわれて、ついに真実(まこと)に達しない。

十二 まことであるものを、まことであると知り、まことではないものを、まことではないと見なす人は、正しき思いにしたがって、ついに真実(まこと)に達する。

(中村元訳『ブッダの真理のことば・感興のことば』岩波文庫)


ブッダは、悟りにいたるための修行方法として、「八正道」を説かれました。

1、正見(正しいものの見方)
2、正思惟(正しい思考)
3、正語(いつわりのない言葉)
4、正業(正しい行為)
5、正命(正しい職業)
6、正精進(正しい努力)
7、正念(正しい集中力)
8、正定(正しい精神統一)

の八つをいいます。ブッダは、それまでインドで行われていた苦行を否定し,苦にも快楽にも走らない「中」の生き方、すなわち「中道」を主張されました。その具体的内容として説かれたのがこの八正道です。

先の句では、この正しくものを見るという「正見」の教えと、正しい思考という「正思惟」が現れています。

この八正道は仏教実践の基本的な教えです。ぜひ覚えておいてください。

出家者の自制と真実

九 けがれた汚物を除いていないのに、黄褐色の法衣をまとおうと欲する人は、自制が無く真実も無いのであるから、黄褐色の法衣にふさわしくない。

十 けがれた汚物を除いていて、戒律をまもることに専念している人は、自制と真実をそなえているから、黄褐色の法衣をまとうのにふさわしい。

(中村元訳『ブッダの真理のことば・感興のことば』岩波文庫)

ここで汚物というのは、「煩悩」のことです。黄褐色の法衣とは、「汚物」とパーリ語の発音が似ていることから出ているとされます。また、修行者の法衣や袈裟は、もともと汚れたボロ切れを縫い合わせて作られていました。

今でも上座部仏教の僧侶の衣や袈裟は黄色系の地味なものですが、そのような由来があるからです。

ところで、日本の僧侶の法衣や袈裟はきらびやかなものが多いです。日本の仏教のあり方から言えば致し方ないことだと思いますが、あまり派手なものは本来の主旨とは違うものと言えます。とても美しいでとは思いますが。

今日の日本の仏教については、私もいろいろと思うところがありますが、別の機会に述べたいと思います。
(基本的に私は日本の仏教には肯定的な見方をしています。)


いずれにしても、この句は出家者に対する自制を述べたものとして、身が引き締まるものだと思います。
プロフィール

ヤタワラ・パンニャラーマ

Author:ヤタワラ・パンニャラーマ
日本の皆さん、こんにちは。
ヤタワラ・パンニャラーマです。

私はスリランカのキャンディという町で生まれ、1986年に来日しました。現在は千葉県香取市にあるスリランカ寺院「蘭華寺」の僧侶として活動しています。

どうぞ、よろしくお願いいたします。

ウェブサイト
「気づきの瞑想~マインドフルネス~」
http://y-pannarama.com/

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